商品コード:1409-004[COLUMBIA] A.ナヴァラ(vc)/ シューマン:Vc協奏曲Op.129

[ 1409-004 ] Schumann, André Navarra – Concerto En La Mineur Op. 129 Pour Violoncelle Et Orchestre


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商品コード: 1409-004

作品名:シューマン:Vc協奏曲Op.129/--1. Nicht Zu Schnell-- | --2.Langsam--3.Sehr Lebhaft
演奏者:A.ナヴァラ(vc)A.クリュイタンス指揮コンセール・コロンヌo.
プレス国:フランス, France
レーベル:COLUMBIA
レコード番号:FC 1006
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:10インチ, 25cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面8時に極小5回出るシミ→7, B面4時に無音小スレ
レーベルタイプ:【フランスでの第3版】---紺/銀音符内溝, フラット重量, スタンパー/マトリクス:XL 104-21/XL 105-21, Mスタンパー:M3 132811/M3 132812, 1955年頃製造分
ジャケット:【フランスでの第2版】---灰青系イラスト折返表半ツヤペラ, ⓅⒸなし, ジャケット裏年号: なし
トピックス:1951年6月22日パリ・Théâtre des Champs-Elysées・でのモノラル録音, 1951年Les Industries Musicales Et Electriques Pathé Marcon. Parisによるコピーライト登録・同年仏COLUMBIA:FC 1006(紺/白音符内溝レーベル・Disque incassable付きフラット盤・ベロ付きの共通デザインジャケ入り)にて初リリース→1953年頃同一番号・紺/銀音符内溝レーベル・Disque incassable付きフラット盤・イラスト折返表半ツヤペラタイプジャケット入り→1955年頃同一番号・紺/銀音符内溝レーベル・イラスト折返表半ツヤペラ(当アイテム)/コートペラジャケット入り--と変遷する, これは1955年頃製造の紺/銀音符内溝Disque incassableなし・フラット重量盤が同じ頃製造のイラストタイプの第2版折返表半ツヤペラジャケットに入るケースで初期盤, ナヴァラの最初期LP録音でシューマン:Vc協奏曲の原典的な録音でもある, Club National Du Disque:CND 1511(10")でもリリースされた, 英国でリリースされたか不明, Disque incassable付きに状態の良い盤は滅多にない, 実際に紺/白音符内溝レーベルで盤質7は存在しない(裸で入っていた為), 白文字のオリジナルと第2版Disque incassable付きレーベルで盤質7は難しい, プレスと盤質により価格で調整している, 第3版でも盤質7なら安価ではない, これは第3版ながら1955年頃プレスで充分に良い音質!, 盤質7はここから存在すると見て間違いない!, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★+

商品詳細:A.ナヴァラの初LP録音?にして、完璧な名演。1933年パリ・オペラ座管弦楽団に入団後、1949年パリ音楽院の教授に就任。1950年代最初期の録音で、シューマンのVc協を語る上で、避けて通れない一つの壁のような演奏だと思う。クリュイタンスというフランスの巨匠同士の、どこまでもフランス流の演奏。ナヴァラのソロは、これ以上無いと思う程ノーブルなのに、エネルギーに溢れ、優雅さを失わない品の良さがつきまとう!これがLPでの最初期録音と思われる。シューマン:Vc協奏曲の1951年録音・原点的な名演!アンドレ・ナヴァラ(1911-1988)はフランス・ピレネー生まれの古いチェロ奏者。9歳でトゥールーズ音楽院に入学し、13歳で首席卒業。その後パリ音楽院に進学し、チェロをジュール・ローブに、室内楽をシャルル・トゥルヌミールに師事。2年後の1926年に15歳で首席卒業。1929年にクレトリー弦楽四重奏団に加わる。また、ピアニストのジョセフ・ベンヴェヌーティ、ヴァイオリニストのルネ・ベネデッティと共に「B.B.N.トリオ」を結成。1931年にソリストとしてデビューした。1933年にはパリ・オペラ座管弦楽団の首席チェリストとなり、ワルター・ストラーラムやアルトゥーロ・トスカニーニ、ブルーノ・ワルター、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮で演奏する。1937年にウィーン国際チェロ・コンクールで優勝し、ソリストとして、パドルー管弦楽団やラムルー管弦楽団と共演を果たす。その後はフランス国立放送管弦楽団の最初の演奏会に加わり、オーストリアやポーランド、イタリアに客演した。1949年にフルニエの後任としてパリ音楽院の教授に就任、1952年にシエーナのキジアーナ音楽院で夏季講習会を開始する。1959年よりソリストとして録音も開始し、2度グランプリ・デュ・ディスク賞を獲得する。1965年に最初の米国遠征を実行し、指揮者シャルル・ミュンシュと共演する。1967年にデトモルト音楽高等学校の教授に就任、1968年から1970年までロンドン王立音楽院でも教鞭を執る。1951年にクリュイタンスと入れたシューマンの旧録音は完璧な名演で知られる。デビュー録音は1950年頃のColumbiaのSPに始まり、L'Oiseau-Lyre、VOX、Columbia、Odeonと少しずつLP録音があり、1955年頃CAPITOLと契約した。1957年頃までに数点の録音をCAPITOLに残し、Supraphon、Erato、Le Club Français Du Disque、Eurodisc、Disques Vogue、Saga と1970年代前期まで渡り鳥のようにあちこちに録音を残して1975年頃Calliopeに落ち着いた。これはナヴァラのLPによる最初期録音!

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